大判例

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金沢地方裁判所 昭和41年(ワ)441号 判決

原告 豊田定公

右訴訟代理人弁護士 梨木作次郎

同 豊田誠

同 吉田隆行

同 八十島幹二

被告 北陸鉄道株式会社

右代表者代表取締役 野根長太郎

右訴訟代理人弁護士 神保泰一

主文

原告が被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する。

被告は原告に対し、昭和四一年九月二九日以降一ヶ月金三一、六三三円の割合による金員を毎月二五日限り支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

主文同旨の判決を求める。

二、被告の申立

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする」

との判決を求める。

第二、当事者双方の主張

一、原告の主張

(一)  被告会社は旅客自動車による旅客運送を業とする株式会社であり、原告は被告会社に雇傭され同社七尾支社七尾営業所羽咋自動車区に所属する自動車運転手である。

(二)  被告会社は昭和四一年九月二八日付で原告を同日限り懲戒解雇する旨の意思表示をし、右意思表示はその頃原告に到達した。そして被告は同日以降原告を従業員として扱うことを拒否し、その就労を妨げている。

(三)  被告が右懲戒解雇の理由とするところは、

原告は昭和四一年八月三一日、勤務終了後の一四時一〇分頃から、同じく勤務を終了した橋場泰浩車掌と従業員休憩室で囲碁を始め、一九時過までやっていたが負け続けたため立腹し、橋場車掌を足で蹴るなどの暴行をはたらいた。そこで「あやまれ」という橋場車掌と口論になったが、謝罪もせずに休憩室を出て行ったので同車掌が謝罪を求めながらあとをついて行くと、再び同人を足で蹴るなどの暴行をはたらいた。右暴行により同人は全治七日間の右大腿部挫傷の傷害を負い、同年九月一日から同月五日まで五日間欠勤した。その後区長などがこのことを知り、原告に対し和解の話合いを勧めたが一向に聴き入れないばかりか、反対に事実を否認するとともに「橋場車掌のデッチ上げだ。」「被害者はむしろ自分である。」と主張し、また本件の取調にあたった営業所長に対しても終始自分が被害者であると供述しており、いささかも当該事件に対する反省が見受けられないばかりか、事実を歪曲して主張し続けている。このように、原告には暴行事件に関していささかも改心の態度が見受けられないばかりか、更にこのまま放置するならば職場規律を維持する上に重大な支障をきたし、他の従業員に対し悪影響を与える。

というもので、右事実が被告会社の就業規則およびその附属規程所定の懲戒事項第一〇項の「暴行、脅迫、その他の類似行為をもって他人の心身を迫害し、その業務の遂行を妨害したとき、または職務上の規律を著しく乱し、あるいは乱そうとしたとき」に該当するというにある。

(四)  しかしながら、右懲戒解雇は左記の理由により無効である。

1、暴行事実の不存在≪省略≫

2、懲戒事項への不該当

被告会社は前示事実が懲戒事項第一〇項の「暴行、脅迫、その他の類似行為をもって他人の心身を迫害し、その業務の遂行を妨害したとき、又は職務上の規律を著しく乱し、あるいは乱そうとしたとき」に該当するものとした。

しかしながら経営者がその従業員を懲戒処分に付することができるとすれば、それは経営者の志向する最大利潤の追及を妨害することを抑制するという限度でのみ許容されるというべきである。従って、例えば、ある「暴行」が懲戒の対象となるためにはそれがなされる当初において、行為者に「業務遂行の妨害」「職務上の規律の紊乱」と主観的に因果関係を有する場合でなければならない。そして一般的に言えば業務遂行中の従業員に対する暴行は特別の事情のないかぎり業務遂行の妨害を行為者において認識していると判定されてもやむを得ぬかも知れない。しかし、業務外の暴行は寧ろ、業務遂行の妨害と結びつかないのが一般である。そして偶々業務外の暴行で被害を受けた従業員が欠勤することになったとしても、「暴行……し、その業務の遂行を妨害したとき……」という懲戒事項第一〇項に該当しないことはいうまでもない。要するに、この規定は業務遂行の妨害、職場秩序の紊乱を排除するという点に力点があるのであって、このことは懲戒権の根拠に着眼して考察するならば、当然の結論といわなければならない。

そこでこれを本件について言えば、被告会社も自認するごとく、「勤務終了後」に「囲碁の勝負を発端として」発生したものである。被告会社挙示の「事実」が全て真実だと仮定してみても、原告には被告会社の業務を妨害し、規律を乱す意図など微塵もない。「暴行」が業務妨害もしくは職場規律の紊乱の内容となっていないばかりか、主観的にも客観的にもこの両者に結びつきがない。本件は懲戒事項第一〇項とは無縁であり、本来この規定に該当しない。

よって懲戒事項第一〇項を適用した本件処分はその適用を誤ったものであり、他の懲戒事項のいずにも該当しないから、結局原告に対する懲戒解雇はその根拠を欠く、違法、無効のものである。

3、懲戒解雇権の濫用

懲戒事項第一〇項に該当する場合、「出勤停止、降給、降職、解雇」の処分に付することができる旨定められているところ、被告会社は原告を最も重い「解雇」処分にしたのである。

叙上の経過のごとく、その真偽がいずれであるにせよ、就業時間外に囲碁の勝敗、(ルール)を端緒として発生した本件について、しかも被告会社の主張どおりだとしても、「全治七日間」という極めて軽微な傷害であるに過ぎない本件について、解雇をもって処断することは余りにも過酷である。原告にはこれまで同種事犯が全くない。前叙の如く、全治二ヶ月余の重傷を蒙りながらも、敢えて暴行行為者を告訴するなどのこともせず、職場の同僚と融和をはかってきたのである。本件は正に児戯に等しい。しかしこれを針小棒大に把えて本件解雇に出てきたところに、被告会社の不法な意図が秘匿されているといわなければならない。児戯を児戯たらしめなかったのは正にその不法な意図である。即ち、合理化を遂行していくうえで会社にとって支障となっている日本共産党員を職場から排除すること、換言すれば共産党員であることを理由に処分することができないために、本件のごとき些細な事態に藉口して職場から排除しようとしていること、それである。従って、本件懲戒解雇は解雇権行使の範囲を逸脱したものであって濫用というほかなく、無効である。

≪以下事実省略≫

理由

原告と被告会社との間に雇傭契約関係が存在したこと、被告会社の懲戒関係規則には懲戒事項およびそれに対応する処分として、従業員が暴行、脅迫その他類似行為をもって他人の心身を迫害し、その業務の遂行を妨害したとき、または職務上の規律を著しく乱し、あるいは乱そうとしたときは、出勤停止、降給、降職、解雇のうち一つを選んで懲戒に付される旨規定されていること、被告会社は、原告に右懲戒事項に該当する行為があったとして、昭和四一年九月二八日限り原告を懲戒解雇に付する旨の意思表示をし、右意思表示はその頃原告に到達したことはいずれも当事者間に争いがない。

まず右懲戒事項に該当する事実の存否について判断する。≪証拠省略≫を総合すると、原告は被告会社の七尾支社七尾営業所羽咋自動車区に所属する自動車運転手であるが、昭和四一年八月三一日その日の勤務終了後、午後二時過頃から、同じく勤務を終えた同僚の橋場泰浩と同自動車区の従業員休憩室において囲碁をはじめ、午後七時過までこれを続けるうち、右橋場は勝つにつけ負けるにつけ軽口を叩いて原告を揶揄したため次第に気まずい空気になり、さらに、何局連勝したら一目置くかについての職場内でのルールに関し意見が対立し口論となったため、両人とも対局に興味を失い囲碁をやめたのであるが、右橋場は帰り仕度をしながらもなお原告に対し、原告が共産党員であるという囲碁とは関係のないことまで言及してしつこく揶揄したため、いたく感情を害された原告は忍耐し切れず、腹立まぎれに橋場の右大腿部を靴履きの足で一回蹴り上げ、右暴行により同人に対し七日間の加療を要する右大腿部挫傷の傷害を負わせ、同人は翌日から五日間右受傷が原因で被告会社を欠勤したことが認められ(る)。

≪証拠判断省略≫

次に、右事実の前記懲戒事項への該当性を検討する。原告は、本件における如くたまたま業務外で加えられた暴行により被害を受けた従業員がそのために欠勤することとなったとしても、右暴行と業務遂行の妨害との間には主観的関連性がないから、前記懲戒事項には該当しないと主張する。しかしながら、前記懲戒事項に該当するためには、必ずしも暴行が業務遂行の妨害を認識してなされることは必要でなく、業務遂行妨害の結果を認識することが可能であることをもって足りると解すべきである。そして本件においては、七日間の加療を要する傷害を生ずる程度の暴行がなされているのであるから、当然被害者の勤務に何らかの支障が生ずることは予見可能であったというべきであり、従って前認定の原告の行為は前記懲戒事項に一応該当するものといわなければならない。

なお、被告は、原告の行為は前記懲戒事項中前段の「業務遂行の妨害」に該当するのみならず、後段の「著しく職場規律を乱したとき」にも該当すると主張するが、原告の前記暴行は勤務時間外の行為であり、かつ一時的、偶発的なものであるから、これによって被告会社の職場規律が著しく乱されたとは考えられず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。もっとも被告は、原告が暴行の事実を否認し、暴行を受けたのはむしろ自分であると主張したことをもって「職場規律を著しく乱し」たことに該当すると主張するもののようであるが、原告の右行為は前記懲戒事項の「暴行、脅迫その他類似行為」に該当しないことは明らかであるから被告の右主張は失当である。

次に、原告に対し懲戒処分として最も重い懲戒解雇が選択されたことの当否について判断する。前記懲戒事項の定めは一般的抽象的であり、かつ、これに対応する懲戒の種類も出勤停止、降給、降職、解雇と段階的に規定されているところから、具体的事案において最も重い処分である懲戒解雇を選択するには、当該行為の規律違反性の程度が著しく高い場合あるいは情状が極めて悪い場合でなければならないと解される。これを本件についてみるに、前認定のように、本件暴行は業務執行中の者に対して加えられたものでなく、また、業務執行の妨害を意図してなされたものでもなく、業務外における従業員間の囲碁のルールに関する口論がこうじた結果であって、しかも相手方にも多分に挑発的言辞があったことが認められ、相手に与えた傷害もさほど重いものではなく、被告会社の業務に及ぼした影響も間接的であるから、前記懲戒事項が予想する行為類型の中ではむしろ情状の軽い部類に属すると認められる。もっとも被告会社は原告の情状に関し、原告の暴行行為そのものよりも、事件後に原告が暴行の事実を否認したこと、および原告が所属する日本共産党の地区組織によって、パンフレット等により、被告会社と橋場泰浩が共謀して原告をおとし入れたかの如き宣伝がなされたことを重視しているようである。しかしながら、≪証拠省略≫によって認められる右パンフレットの記載内容は、原告が本件暴行事件の容疑で警察に逮捕されていることに対する抗議が主であることが認められるから、その発行および配布がなされたときには原告は警察に抑留されていたこととなり、従って、たとえ右パンフレットの記載中に不当な憶測に基づく部分があったとしても、そのことをもって原告の情状を特に重くみることは正当でない。また、被告会社は、原告が事実を否認したことをもって反省の態度に欠けるというが、原告本人尋問の結果によれば、被告会社の従業員で組織されている北陸鉄道労働組合の内部において、政党支持の問題に関し感情的対立があること、原告は同自動車区における共産党支持派の中心的立場にあり、橋場は社会党支持派に属すること、本件の原告と橋場のいさかいも右感情的対立と無縁ではないこと、以前原告が政党支持の問題に関して反対派の者から強度の暴行傷害を受けたが表沙汰にしなかったこと、それにもかかわらず今回原告は橋場によって直ちに警察に告訴され、警察による強制捜査が開始されたことなどの事実が認められ、右事情にてらすとき、原告が容易に暴行の事実を自認しないことをもって直ちに暴行をはたらいたことに対する反省の色が全くないと理解することは疑問であるといわなければならない。

このようにみると、結局、前認定の原告の行為は前記懲戒事項に一応該当するけれども、行為自体についてみた情状は決して重いものではなく、また、行為後の原告の言動によって懲戒解雇に価するほどにその情状が重くなるという見解は根拠が薄弱であるといわなければならない。そうすると、被告が原告の右行為に対し、懲戒処分として最高の解雇をもってのぞんだことは、違反行為とそれに対する制裁との間の均衡を著しく欠き、懲戒関係規則において懲戒処分の種類が段階的に定められていることの趣旨に反するから、本件懲戒解雇は懲戒権の範囲を逸脱してなされたものとして無効であるといわなければならない。

そうすると原被告間の雇傭契約関係はなお存続していることとなり、≪証拠省略≫によれば、解雇前三ヶ月間の原告の平均賃金は金三一、六三三円であることが認められるから、被告は原告に対し、解雇の翌日である昭和四一年九月二九日以降一ヶ月金三一、六三三円の割合による賃金を支払う義務がある。なお毎月の賃金支払日が二五日であることは弁論の全趣旨によって認める。

よって原告の請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水信之)

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